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パリから136km北西、ノルマンディー地方のルーアンでは16世紀、イタリアのファエンツァ(陶器の意味)で修行を積んだマセオ・アバケスネによって持ち込まれました。
歴史的なシーン、アラベスク・モチーフ、紋章、イタリアン・スタイルのセラミック・タイルなど、また薬局瓶、食料品の容器などイタリアン・ルネッサンス・スタイルの製品も制作しました。
アンヌ・ド・モンモランシーのお城の装飾も担当しました。
1564年 彼の死によってルーアンの陶器は1度は絶えます。
17世紀に入り、1644年摂政アンヌ・ドートリッシュからエドメ・ポテラットを雇ったニコラ・ポワレルに独占権が与えられ、ルーアン窯は復活します。
有名なブルーのランブラキン(天蓋や窓の垂れ飾り)の装飾が始まりました。最初は控え目でしたが、次第に製品を覆うようになり、ルーアンのスタイルになります。
ポテラットは1656年に新しい工場を建設、1674年にポワレルの息子から王室の特権を購入しました。彼が1687年に亡くなると、彼の未亡人と息子ミシェルが跡を継ぎました。
ミシェルの兄弟ルイも彼自身の工場を作りました。ルイの工場は1720年にニコラ・フーケイの手に渡り、有名な胸像キャトル・セゾン他、多くの作品を残しています。
一方、ミシェルが1712年に亡くなったとき、工場は妻の家族に渡され、1770年まで存続していました。
ポテラット一族は、創造と革新を絶えず追求し、フランスの軟磁器の発明者でしたが、ルーアンで生産されたと確信できるのはほんのわずかだそうです。残念ながらルイ・ポトラットが亡くなったとき軟磁器の製造法は失われました。
ポトラットの専売権が消滅し、1720年ごろ、20の陶器工場で、数百人の職人が働き、ルーアンの陶器は最盛期を迎えます。
しかしその後、森林保護の目的から陶器制作に必要な薪の制限や、イギリスの陶器の輸入や、繊細な磁器の台頭、カラーパレットの豊富さ、さまざまな装飾などでパリ他の陶器工場を前にルーアン窯は衰退していきます。
19世紀にもまだ、いくつかの窯がありましたが、テリーヌやチーズの型などの制作に制限されていたそうです。
しかしランプラキンや狩猟ホルンなど、ルーアン風の装飾は19世紀の多くの窯に受け継がれました。
マークの情報はありませんが19世紀後半のお品だと思います。
ルーアン、A・サンテとアトリエの名前があります。
シュヴリエール、山羊飼いと名前のついたコンポティエ、フルーツ用の脚付プレートが入荷致しました。
生成色のファイアンス・フィヌの器に、ルージュのデカルコマニー(転写画)でくるくると渦巻きを描く葉達で西洋唐草模様が描かれています。
19世紀のルーアン窯という珍しい、フランスらしい、シンプルで可愛らしいプレートです。
他のルージュのデカルコマニーの食器と合わせて、お好きな果物やデザートにお使い下さい。
全体に経年による変色があります。
チップ、ラインはありません。
直径22cm 高さ10、5cm 重量650g
価格はフランスからの送料5950円込みになります。
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