19世紀後半 クレイユ・エ・モントロー チュニス コンポティエ 野花柄
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19世紀後半 クレイユ・エ・モントロー チュニス コンポティエ 野花柄

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こんにちは。19世紀後半のクレイユ・エ・モントロー窯の野花柄のかわいらしい、コンポティエが入荷致しました。 パリから南東へ1時間くらいのモントローでは、陶器作りに適した灰色がかった白い粘土が取れ、クレイユ窯にも素材を提供していたそうです。1719、20年頃に最初の陶器製作所が出来、イギリスのクィーンズ・ウェアに対抗することを目的としていたそうです。その後イギリス人の企業家が参入、1796年に製作所はイギリス人のクリストフ・ポッターの手に渡り、イギリスではすでに発明されていた、陶器や磁器に印刷する技術を、フランスではショワジー・ル・ロワ、クレイユとともに初めて導入したそうです。それによってモントロー窯は大きく発展したそうです。 パリから北東へ1時間くらいのクレイユ窯は1797年に創立されました。何度かの倒産危機の後、優れた経営者の元発展、フローベルの小説「感情教育」に引用されるほど名の知れた窯だったようです。1840年、その経営者の死とともに、モントローと合併、1876年からはクレイユとモントロー、2つの窯で同じものが制作されました。万博で数々の賞を受賞。1895年にクレイユの工場が火事で閉鎖、その後も1920年まではクレイユ・エ・モントローの刻印で制作が続けられました。その後ショワジー・ル・ロワ窯に吸収され1934年(1955年)までHBCM(Hブーランジェー・クレイユ・モントロー)として制作が続けられました。 こちらは19世紀後半の刻印になります。 チェニスと旧フランス領の北アフリカのチュニジアの首都の名前がついています。白地のファイアンスに、ブルー・グリーンのデカルコマニー(転写画)手法で、菊やコスモスなど、野生の野の花ばなが、細い、繊細なタッチで描かれています。とてもかわいらしいコンポティエ、脚付フルーツ・プレートです。フルーツを盛ったり、ケーキやお菓子にお使い頂いても良いと思います。一緒に仕入れました同シリーズの四角いスーピエールとお使い頂いてもフォトジェニックなテーブルになります 表側に1カ所、制作時の事故と思われる、小さなほこりで出来た穴がありますが、それ以外はとてもきれいな状態です。 直径23cm 高さ10cm 重量700g 価格はフランスからの送料約4800円込みの価格になります。