1920年代 HBCM クレイユ・ エ・モントロー デザート・プレート なぞなぞ エッフェル塔
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1920年代 HBCM クレイユ・ エ・モントロー デザート・プレート なぞなぞ エッフェル塔

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こんにちは。1920年代のものと思われます。HBCM クレイユ・エ・モントロー窯の判じ絵のデザート・プレートのご紹介です。 パリから北東へ1時間くらいのクレイユ窯は1797年に創立されました。何度かの倒産危機の後、優れた経営者の元発展、フローベルの小説「感情教育」に引用されるほど名の知れた窯だったようです。1840年その経営者の死とともに、パリから南東へ1時間くらいのモントロー窯と合併しました。商号 Lebeuf, Milliet et Cie (L.M et Cie) ルブフ・ミイヤェ・エ・コンパニーとして、1876年からはクレイユとモントロー、2つの窯で同じものが制作されました。万博で数々の賞を受賞。19世紀のフランスを代表する窯のひとつです。1895年にクレイユの工場が火事で閉鎖、その後も1920年まではクレイユ・エ・モントローの刻印で制作が続けられました。その後ショワジー・ル・ロワ窯に吸収され1934年(1955年)までHBCM(Hブーランジェー・クレイユ・モントロー)として制作が続けられました。 こちらはレビュス、日本語で判じ絵、で装飾されたデザートプレートです。判じ絵は絵に隠された言葉を探すなぞなぞ、だじゃれで、日本でも江戸時代に流行したそうです。 こちらは人気の高い、1889年の万博の際に建てられたパリのシンボルともいえるエッフェル塔が、音符や中世の要塞、数字、釘などと一緒に描かれています。裏の答えを見ると「エッフェル塔は1889年の万博の釘だった」建設当時批判の多かったエッフェル塔を皮肉った言葉の様です。現在の絵文字のようでかわいらしいお皿です。 直径19cm 高さ20cm 重量約280g 残念ながら1カ所チップがあります。また裏側淵にシミがあります。それ以外はとてもきれいな状態です。 価格はフランスからの送料約3390円込みの価格になります。まとまりますと送料の関係上お得になります。その際はお支払い前にご連絡下さい。